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東京地方裁判所 平成2年(特わ)239号 判決

本籍

東京都中野区江古田一丁目二六六番地

住居

同都杉並区荻窪五丁目三〇番一二-一一〇二号

会社員

片桐忠夫

昭和一七年八月二九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年六月及び罰金一億六〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、都内に本店を置く不動産の建築、販売等を目的とした株式会社初穂が昭和五一年に設立されて以来、同社の事実上の最高責任者としてその運営に当たり、マンションの建築、販売等を通して同社を発展させ、昭和五八年九月には取締役に、同六〇年九月には常務取締役に就いていたものであるが、昭和五七年ころから会社の扱う不動産取引に関連して、取引の相手業者等から謝礼金等を貰うようになり、同五八年後半以降になると、自ら進んで謝礼金等を名目に業者らから金員を得ることを企てるようになり、部下と相謀った上、その部下の扱う不動産取引に関連して、架空のないしは水増しした仲介手数料または企画料を事情を承知した業者に支払い、その後業者から支払った金額の大半を返還させて、それを部下と折半して取得し、あるいは会社の不動産取引の仲介を行った業者から、その得た仲介手数料のうち一部を自己に謝礼金として支払わせて、それを取得していたところ、右のようにして得た取得金あるいは謝礼金の所得に関して所得税を免れることを企図し、右各金員の支払に関与した業者等をして、その金員の支出に際し架空領収証を得て第三者に対する支払を仮装する経理処理を行わせ、さらには、事情を知った者に業者からの金員を受領させた上、その者を経由して金員を獲得し、もしくは知人に会社を設立させて、それを業者からの金員の支払先としてや、それら金員で自ら獲得した不動産の名義人として利用するなどして、自己の前記取得金及び謝礼金の収入の事実を隠蔽する方法により、所得を秘匿した上、

第一  昭和五九年分の実際総所得金額が一億四九八九万五〇〇〇円あった(別紙1修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月八日、当時の住所地である埼玉県所沢市美原町五丁目二〇一九番地の七を管轄する同市並木一丁目七番所沢税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が一五七九万五〇〇〇円で、これに対する所得税額が二〇三万九〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成二年押第二四五号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和五九年分の正規の所得税額八九六四万三〇〇円と右申告税額との差額八七六〇万一三〇〇円(別紙2ほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六〇年分の実際総所得金額が三億八四七〇万五〇〇〇円あった(別紙3修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一四日、当時の住所地である東京都杉並区荻窪五丁目三〇番一二-一一〇二号を管轄する同都杉並区天沼三丁目一九番一四号荻窪税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が一七八〇万五〇〇〇円で、これに対する所得税額が三二九万八八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六〇年分の正規の所得税額二億五四二九万二六〇〇円と右申告税額との差額二億五〇九九万三八〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ

第三  昭和六一年分の実際総所得金額が五億二四九二万六五〇〇円あった(別紙5修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六二年三月一一日前同様所轄の荻窪税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が二八二二万六五〇〇円で、これに対する所得税額が四三三万九一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六一年分の正規の所得税額三億四七九〇万八三〇〇円と右申告税額との差額三億四三五六万九二〇〇円(別紙6ほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する平成二年二月六日付、同月一二日付、同月一六日付、同月二三日付、同月二四日付、同月二五日付(二通)、同月二六日付各供述調書

一  若林政雄の検察官に対する平成二年二月一四日付、同月一六日付、同月一八日付、同月一九日付各供述調書謄本

一  若松俊男の検察官に対する平成二年二月六日付供述調書謄本

一  幸本守平の検察官に対する平成二年二月七日付供述調書謄本

一  三上邦和の検察官に対する平成二年二月二一日付(本文二七丁綴りのもの。以下、単に丁数のみを記載する。)、同月二三日付、同月二五日付各供述調書

一  収税官吏作成の謝礼金収入調査書

一  中野区長神山好市作成の戸籍謄本(附票添付)

判示第一及び第二の事実につき

一  若松俊男の検察官に対する平成二年二月一六日付供述調書謄本

判示第二及び第三の事実につき

一  被告人の検察官に対する平成二年二月二一日付供述調書

一  若林政雄の検察官に対する平成二年二月二〇日付供述調書謄本

一  若松俊男の検察官に対する平成二年二月一〇日付供述調書謄本

一  幸本守平の検察官に対する平成二年二月一八日付供述調書謄本

一  収税官吏作成の領置てん末書

判示第一の事実につき

一  田中稔の検察官に対する平成二年二月一四日付、同月一五日付、同月一六日付(三通)各供述調書謄本

一  若松俊男の検察官に対する平成二年二月九日付供述調書謄本

一  検察事務官作成の所沢税務署の所在地に関する捜査報告書

一  押収してある昭和五九年分の所得税確定申告書等一袋(平成二年押第二四五号の1)

判示第二の事実につき

一  田中稔の検察官に対する平成二年二月一九日付(三通)、同月二〇日付、同月二二日付各供述調書謄本

一  幸本守平の検察官に対する平成二年二月一九日付供述調書謄本

一  収税官吏作成の分配金調査書

一  押収してある昭和六〇年分の所得税確定申告書等一袋(平成二年押第二四五号の2)

判示第三の事実につき

一  被告人の検察官に対する平成二年二月一九日付(二通)、同月二二日付各供述調書

一  田中稔の検察官に対する平成二年二月二一日付供述調書謄本

一  若林政雄の検察官に対する平成二年二月二一日付供述調書謄本

一  若松俊男の検察官に対する平成二年二月一四日付供述調書謄本

一  幸本守平の検察官に対する平成二年二月二一日付供述調書謄本

一  三上邦和の検察官に対する平成二年二月二一日付供述調書(四一丁)

一  収税官吏作成の必要経費調査書

一  押収してある昭和六一年分の所得税確定申告書等一袋(平成二年押第二四五号の3)

(法令の適用)

一  罰条

判示第一ないし三の各所為について、いずれも所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

判示第一ないし三の各罪について、いずれも懲役刑と罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段及び懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)

罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

(量刑の理由)

本件は、マンションの建築、販売で急成長した不動産会社の役員の地位にあった被告人が、会社の行う不動産取引に関連して私的に獲得した取得金や謝礼金の所得について、三年間にわたりその所得税を免れたという事案であるが、脱税額は、昭和五九年に約八七〇〇万円、同六〇年に約二億五〇〇〇万円、同六一年に約三億四三〇〇万円、合計で約六億八二〇〇万円という多額にのぼり、各年度のほ脱率も九八パーセント前後という高い比率に達しており、これらほ脱額、ほ脱率からして、本件は個人の所得税法違反事件としては悪質な事案といえる。そして、その動機を見ると、出入り業者から謝礼金を得るようになった当初においてこそ、会社業務の遂行に必要な交際費等のため蓄えをする意図が強かったことは窺えるものの、本件起訴にかかる三年分については、ほ脱所得が非常な高額に上ることやその使途状況などからしても明らかなように、会社が不動産取引で大きな利益を得ていることに便乗して私的な蓄財を図った私欲に基づく犯行であり、動機に特に酌むべき事由はなく、被告人の会社内における功労に比して報われるところが少ないとの心情を抱いていた事情があったとしても、それが被告人の刑責を軽からしめるものとはいえない。そして、脱税の経緯、態様等を見ると、ほ脱所得は判示のとおり、会社運営の事実上の最高責任者の地位を利用し、会社の不動産取引に関連して、あるいは部下と共同し、会社から業者に支払った架空のないし水増しした仲介手数料等を返還させて、これを折半して取得し、あるいは業者に会社から支払った仲介手数料の一部を返還させてこれを取得していたものであり、その実体は、会社の出費において自己の利得を図るという背信的行為に基づく所得であり、そうした所得については、その性格からして被告人には当初から納税する意思は全くなく、そのため、業者らに架空領収証を発行するいわゆるB勘屋を利用させて自己に対する金員の支払を隠匿したり、知人に設立させた会社を業者から支払われる金員の名目上の受取先や自己の資産を取得する名義人として利用するなどの、巧妙、悪質な所得秘匿工作を行っているのであって、本件は長期間にわたる意図的で計画的な脱税事犯であるばかりか、土地高騰が続く中にあって、その一端に関わり合いかつそれ相応の利益を上げていた不動産会社の役員が、一方においては勤労の対価とはいえない不明朗な所得を得た上、税を免れて私財を蓄えていたというようなことは、通常の国民の税意識からして強い非難に値するものであり、本件についての被告人の責任は重いといえる。さらに、被告人が、本件に関連する査察が始まるや関係者との綿密な口裏合わせなど悪質な罪証隠滅工作を種々行っている点も、見逃せない。

一方、被告人は、本税につき三億六六七三万円余りをすでに納付し、さらに税務当局に約三億一五〇〇万円の債権を差し押さえられ、本税の大部分については一応納付され得る状況にあること、被告人は、設立当初から勤務しその発展に功績のあった会社を本件で退社するのやむなきに至るなどの制裁を受け、現在では本件脱税を深く反省して、身内の経営する会社に勤務しつつ納税への懸命な努力をしていること、さらには家庭の事情など、被告人のため酌むべき事情がある。

以上の各事情その他諸般の情状を考慮し、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 柴田秀樹 裁判官 西田眞基)

別紙1

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2

ほ脱税額計算書

〈省略〉

別紙3

修正損益計算書

〈省略〉

別紙4

ほ脱税額計算書

〈省略〉

別紙5

修正損益計算書

〈省略〉

別紙6

ほ脱税額計算書

〈省略〉

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